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KAZUMI6月 ポプラの綿毛が雪になる

投稿日時:2019/06/30(日) 02:03

 いよいよモントリオールも暑くなってきました。

 並木の木々は生い茂り、至るところに緑があふれています。

 マルシェでは野菜だけでなく、たくさんの草花が売られ、多くの人が買っていきます。みんな短い夏を満喫しようと必死です。

 

 

 

 話は変わりますが、日本にいた時は花粉症だった私も、フランス、カナダではそれほどひどいアレルギー症状に見舞われたことがありません。花粉の種類が違うのか、日本ほど花粉が飛んでいないからなのか、理由はわかりませんが。

 そんなわけで、こちらではとても快適に過ごしている私ですが、モントリオールの6月上旬から中旬にかけては、私にとっては唯一1年でもっとも辛い時期に当たります。なぜか?それは花粉(le pollen)ではなく、ポプラの種(la graine)のせいなんです!

 

 実は去年もこの綿毛の被害にあい、タンポポにしては種も綿毛も大きいし、(確かにモントリオールにはタンポポもいっぱいあるけれど。)場所によって綿毛が舞っているところと舞っていないところがあるので、一体どこからくるんだろうと、ずっと思ってはいたのですが、今年に入ってようやく正体が判明しました。

 

正体はこちら、ポプラの木(peuplier deltoïde)。

 

 

 かなり背の高い木だし、街中いたるところに並ぶメープル並木にかすんでよく見えなかったのですが、実はこんなに大きな実が、びっしり。

 

 

それが全て開花して、綿毛となって雪のように道路を覆うのです。

 

 

 あれ?でもポプラってもっとすらっとした木じゃなかったかな?気になって調べてみたら、ポプラには雄と雌があって、雌の木は大きく横に広がり、種を飛ばすらしいのです。

 でも、花粉ほど小さく(microscopique)はないので、くしゃみ鼻水、目の充血にはならないのですが、この綿毛の繊毛が鼻をくすぐり、まつげに絡み、毎日目に異物感を感じる羽目に。

 

 そうはいっても一番のピークは毎年ほんの2、3週間。花粉症の辛さに比べたらそうそう文句も言っていられません。(この記事を書いている時にはほんの1週間程度の差ですが、もうピークは終わってしまいました。)

 

 ようやく原因となる木が特定できたので、来年はポプラの木の近くを避けて歩くことにします。因みにアパートを探す上でもこの木の近くは避けたほうが良さそうです。でないと庭は綿毛で真っ白になり、この時期はバルコニーでBBQも出来ませんから。


KAZUMI

 

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ゆかたんベルギーのMaatjes Festival

投稿日時:2019/06/24(月) 19:42

フランス文化とオランダ文化の入り混じるベルギーより、こんにちは。

616日(日)、ベルギーのブリュッセルの有名シーフード店『Mer du Nord(北海)』主催のお祭り『Maatjes Festival』に行ってきました。

このお祭りは毎年ニシン漁解禁日の次の日曜日に行われていて、皆でニシンの一種『Maatjes(マーチェス)』の塩漬けを食べます。ニシン漁の解禁日は5月のニシンの生育状況調査で決まります。


このニシンの塩漬け『Maatjes(マーチェス)』は中世のオランダ発祥です。オランダにはマーチェスを売るシーフード屋台もあります。

マーチェスは塩漬けというもののそれほど塩辛くはない生魚です。基本の食べ方はニシンにみじん切りの玉ねぎをまぶし、ニシンのしっぽを持って大きな口を開けてパックン。またオランダではパンで挟んで食べたりもします。

生魚にパンという不思議な組み合わせですが、食べた感想としては「まぁ、ありかな」。


このマーチェス、刺身のようにわさび醤油で食べても美味しいので我が家では重宝します。マルシェの魚屋はもちろん、スーパーでも売られているので、家でマーチェスのてまりずしを作ったことも。


さて、オランダではこのニシンを『Haring(ハーリング)』と言います。フランス語でニシンは『Hareng』、英語は『Herring』なので、『Maatjes(マーチェス)』って何語??ですが、答えはベルギーのオランダ語であるフラマン語です。

ですが、ベルギーのフランス語圏でも小さいニシンを塩漬けにしたものはフラマン語のまま『Martjes(マーチェス)』と呼び、解禁日のお祭りもワインやシャンパンと共に楽しむ。まさにフランス文化圏にありながら、オランダ文化が混ざったベルギーのブリュッセルです。



ゆかたん

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KAZUMIローマ数字を読みこなす

投稿日時:2019/04/28(日) 10:05

 昨年11月から毎週土曜日に延々と続くイエローベスト(les Gilets jaunes)のストライキ(la manifestation)。私も遠くカナダから、ストライキに参加する知人の投稿を見たり、ニュースをチェックしたりしています。そこで少々気になったのが、こちら。

 マクロン大統領のお面じゃなくて、Acte XXIVというタイトル。これは24回目のストライキという意味ですが、このようにストライキの回数をローマ数字で表すサイトがいくつかありました。

 こちらは別のニュースですが、やはりパリ19区をXIXeと表示しています。パリの区をローマ数字で表すのはよくあることです。

 

 このように、フランスに限らず、西洋ではアラビア数字の他にローマ数字が使われることがあります。特に歴史(年代、世紀や王の名前)や小説の章題などに使われます(例えばルイ14世はLouis XIVなど)。もちろん日本でも、ゲームのタイトルやアナログ時計の文字盤でお馴染みかもしれませんが、せいぜい目にするのは12まで。しかし実際はもっと多くの数を表すことができるのです。

 

 今回はちょっとローマ数字について考えてみることにします。

 

 因みにフランスやカナダでは10歳ごろにローマ数字を習うようですが、読める/読めない、書ける/書けないは人によるようです。

 

 

① ローマ数字は7文字のアルファベットの組み合わせで表します。

 

I = 1

V = 5

X = 10

L = 50

C = 100

D = 500

M = 1000

 

② I = 1、X = 10、C = 100、M = 1000の同じアルファベットは3つまでしか並べられません(Mは例外あり)。(またV = 5、L = 50、D = 500は1回のみです。)よって I(1)、II(2)、III(3)の後、IIIIとはならず、IV(5-1)= 4となります。同様に、VI(6)、VII(7)、 VIII(8)とは書けますが、 VIIIIの代わりに IX(10-1)= 9となります。それぞれ引かれる小さな数は大きい数の前に置きます。

 

40 = XXXX とはならず(50-10)= XL

90 = LXXXX とはならず(100-10)= XC

 

同様に、

 

400 =(500-100)= CD

900 =(1000-100)= CM

 

4と9以外は通常通り順当に並べていきます。


30 = XXX

70 = 70(50+20) = LXX 

300 = CCC

800 =(500+300)= DCCC

 

 

③ 位ごとにアルファベットに変えていきます。

 

20 = XX

21 = 20+1 = XXI

39 = 30+9 = XXX +IX = XXXIX

45 = 40(50-10)+5 = XL+V = XLV

89 = 80(50+30)+9 = LXXX+IX = LXXXIX

99 = 90(100-10)+9 = XC+IX = XCIX

158 = 100+50+8 = C+L+VIII = CLVIII

1367 = 1000+300+60+7 = M+CCC+LX+VII = MCCCLXVII

2019 = 2000+0+10+9 = MM+X+IX = MMXIX

 

 

④ 理論的にはアルファベットは3つまでしか並べられないので、3999までしか表せません。

 

3999 = 3000+900+90+9 = MMM+CM+XC+IX = MMMCMXCIX

 

でもMに限っては例外的に4つまで認めているようです。(よって実際には4999まで表せます。)

 

4000 = MMMM

 

また5000以降はアルファベットの上に「-」を引いて桁を変えたりもできるようです。


 

 この法則がわかると、例えばこんなことに役立ちます。

 

I.今まで素通りしていたモニュメントや建築物に書いてある数字や年代が読める!


KING EDWARD VII = エドワード7世

 


S : MATT : XXV - 35 = マタイ伝25章35節
PROVERBS : XXII - 6 = 箴言22章6節
(それぞれ聖書の一節が絵柄になっています)

 


A(n).D(om)…MDCCCL =1850年

(A.D. =ラテン語Anno Dominiで紀元後の西暦を表します。紀元前はフランス語でa.v.J.-C.(avant Jésus-Christ) 、英語でB.C.(before Christ) です)

 

写真は全てモントリオールの教会ですが、フランスには歴史的建造物に建造年がローマ数字で記載されていたりするので、旅行に訪れた際は探してみるのも楽しいかもしれません。

 

 

II.映画の制作年数もわかる!

 

  
MMIII = 2003年

 


MCMLXXXVI = 1986年

 

 映画によってはアラビア数字ではなくローマ数字で制作年数が書かれていたりするので、ぜひ最後のクレジットタイトル(le générique)まで注意して見てみてください。(かなり多くの映画にローマ数字で表示されているのに、いざ探すとなるとなかなか見つからず、苦労しました。)

 

 ローマ数字に慣れるまでは大変かもしれませんが、アラビア数字からローマ数字へ変換してくれるサイトやアプリもあるのでそれらを利用しつつ少しずつ慣れていったら、突然出てくるローマ数字に戸惑うこともなくなるかと思います。

 

KAZUMI

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Yoko街は人。モントリオールの住人インタビュー:LATHE

投稿日時:2019/03/13(水) 04:15


こんにちは!YOKOです。お久しぶりです。
MONTREALへワーホリで来てから半年が過ぎようとしています。

MONTREALに来てまだ数週間も過ぎていない頃、
地下鉄のコンビニで買い物をしたら、「あなた日本人?」とコンビニの店員に話しかけられました。
そうですよと答えたら、彼女は大喜びして、店の奥にいた同僚を呼びに行きました。
アジア系の女性がまた大喜びして出てきて、話を聞いてみると、
彼女の娘はモデルエージェンシーとして働いていて、キャンペーン撮影のため日本人モデルを探しているのだそう。
一回の撮影で1000ドル。
怪しいぞ、気をつけろと思いながら、とりあえず携帯の番号を渡しました。

すぐに彼女の娘からメッセージが来て、数枚の写真を送ったところ、キャンペーンモデルのモデルとして選ばれたと次の日連絡が来ました。
それから1週間後、指定されたスタジオへ。
殺風景で大きな建物に、ビビりまくりながら入ってみると、本当にちゃんとした撮影現場!
隅にはビュッフェがあり、お洒落な女性が「コーヒーはいかが?」と勧めてくれました。
二人の姉妹にヘアメイクとメイクをしてもらい、全身真っ黒な服を着た例のハンサムな男性:LATHEがスタイリスト・アシスタントとして服を選んでくれました。
そんな風に、私はLATHEと出会いました。

街は人です。
言語を勉強するのも、色んな人と出会ってみたいからですよね。
モントリオールで出会った人にインタビューして、街を紹介したら面白いんじゃないかなと思い、今回挑戦してみることにしました。
このアイディアを思いついたのは、ルームメイトが働き始めたカフェ、CAFE OSMOに遊びに行った朝。
午前中にジム通いを済ませて来てくれたLATHEとデカフェを飲みながらお話を聞きました。

LATHEにしたインタビューを読んでいただく前に、
少しMONTREALにおける性文化について触れさせていただきます。
「フリーカップル」や「ストレート」「ゲイ」「バイセクシャル」「Aセクシャル」「レズビアン」…
日本で生活していたら、あまり聞きなれない言葉じゃないかしら。
ここMONTREALの人々は、フランスからの影響を強く受けてか、性に対して非常に開放的です。
多人種が住む都市でもあり、様々な人種同士でも開放的な感じ、差別というのが見受けられません。
日本人同士の会話なら、基本的に相手がストレートなのだという前提で会話が進んでいきますが、
モントリオールでは私と同世代ぐらい(私は現在29歳です)の方と会話するときは、
前提として相手がどのカテゴリーなのかわからない、ストレートだと決めつけないで会話をします。
逆に絶対ゲイかレズの方ではないかと思える外見の人に対しても、そうだとは決めつけないで接します。
最初の簡単な自己紹介をしあう時に、お互いのカテゴリーを聞き合ったりはしません。
それは少しパーソナルでプライベートなことですし、
偏見を持っているような相手には伝えたくありません。
実際個々人でも、自分がどのカテゴリーなのかまだわかっていないかもしれない、
という思いがあったりもします。
ストレートだと多分思うけれど、もしかしたら自分はバイ・セクシャルかもしれない、
ゲイかも、レズかも。
ゲイだと思うけれど、バイ・セクシャルかもしれない。
私はこの態度を素晴らしいと思います。より健康的で、文化的です。
またこの態度を身につけたなら、自分では体験できないことや、自分では気づけないことを仲良くなった相手から教えてもらえたりして、会話が弾みます。
またこの態度は、フランス文化、フランス人と沢山出会って仲良くなるために大切なことです。
フランスといえばファッションや、芸術、哲学、美食などが思い浮かびますが、特にそういった分野に深く関わる人ほど、性に対して開放的な人が多いように思うからです。
MONTREALの住人の一人を紹介するにあたって、私は彼のカテゴリーをここに明記したくない、同時に彼の視点や素敵な生活をみなさんにご紹介したいということで、長々と書かせていただきました。

LATHEと知り合って数ヶ月が過ぎました。
LATHEというのは彼の名字なのですが、とても可愛いので、彼をLATHEと呼んでいます。
一緒におしゃれなカフェに行ったり、夕飯を作って招待しあったり、香水のサンプルをもらいに行ったり、お洋服を見に行ったりして過ごしています。
そんなLATHEから、彼のフランス語学習経験やモントリオールでの暮らしについて伺いました。


Keegan Lathe-LeBlanc




LATHEはモントリオールから車で数時間ほどのところにあるトロント出身。
少し離れただけなのに、トロントは英語圏。なので彼の母国語は英語だけでした。

「MONTREALに来たきっかけは?」
ーー大学に行くため。
  高校の哲学の授業で哲学が好きになって、大学で哲学と宗教を勉強することにしたんだ。
  最初は1年オタワの大学に通ったんだけど、モントリオールの大学に変えることにした。
  そのほうが挑戦的だと思ったから。
  スラヴォイ・ジジェイやミシェル・フーコーが好きでね。
  パノプティコンについてのレポートを書いたりしたよ。

「MONTREALについてどう思う?」
ーー初めてモントリオールを訪れたのは10歳の時。
  父が仕事でモントリオールに一時期住んでたから。
  2回目はガールフレンドと一緒に来たんだ。
  その時にトロントとすごく違う場所だと思った。
  モントリオールの人々はトロントの人々よりもずっと何に対してもオープンだなって。
  それでもパリで一年過ごしてモントリオールに帰ってくるまでは、
  モントリオールのことをちゃんと知っていたとは思わないよ。
  フランス語を話せるようになって、だいぶ変わったんだ。
  英語が通じるから、フランス語が話せなくてもモントリオールで過ごすことはできる。
  でもフランス語が話せないと、モントリオールの半分も知れないんだ。
  それに地理的にモントリオールがそんなに大きすぎる街でないことも好きだよ。
  トロントは東京みたいに大きいからね、友達に会いに行くのに1時間半かかったりするよ。

「フランス語を勉強し始めたきっかけは?」
ーーモントリオールに住むようになってからかな。
  スーパーに行くんでも、表示が読めないし、店員とコミュニケーションが取れなかった。
  しょっちゅうイライラしてたよ。
  人々が何話してるかわからなくて、モントリオールにいてもここにいるって感じがしなかったんだ。
  それでも、もっとモントリオールにもっといたいと思った。
  そのためには、フランス語をもっと勉強しなくちゃと思ったんだ。

「フランス語はどうやって勉強したの?」
ーーカナダではみんな小学生の時からフランス語を勉強するんだ。
  でも全然話せなかった。トロントではみんなそんな感じだったよ。
  学校で勉強しても、超簡単な言葉しか話せなかった。
  モントリオールに来てから、大学を少し休学してフランス語の学校に通ったんだ。
  それからパリに行った。
  パリに行っても最初は全然話せなかったよ。
  最初パリで始めた職場ではみんな英語が話せたし、お客さんもみんな英語が話せた。
  それでフランス語でしか話せない職場に変えたんだ。
  それからハリー・ポッターをフランス語で読み始めた。
  映画を見てたから、どんな内容が書いてあるか推測できたからね。
  そしたらいきなりフランス語のレベルがどんどん上がったんだ。

「パリでの暮らしはどうだった?」
ーー21歳の時だった。ワーホリビザで1年と少し滞在したよ笑
  人々は全然フレンドリーじゃないし、僕と友達になることに興味がなかった。
  5回も引っ越したよ。僕はすごい貧乏だったし。
  フランス人じゃないと、アパートを探すのはすごく大変だし、
  長い契約期間で住む場所を見つけられなかったんだ。

「パリのゲイってどんな感じ?」
ーーゲイっていうのは、どこにいても同じなんだよ。
  どんな風に誘うかとか、どんな人ならゲイかっていうのは国ごとに違ってるけどね。
  例えばモントリオール近くの小さな町に行って、スカーフを巻いている男がいたら間違いなくゲイ。
  でもパリではスカーフを巻いていても、オシャレのためであってゲイとは限らないんだ。
  
「フランス語の習得で何が一番大変だった?」
ーー自信がなかったことかな。
  フランス語で話しても、全然何言ってるかわかってもらえない気がした。
  それにフランス語で話す機会を見つけるのは難しかったよ。
  みんな英語で話せちゃうからね。
  それにフランス語で話しているときは、自分がバカになった気がした。
  言語を習得し始めるときは、みんな子供っぽくなってしまうからね。

「フランス語を習得してから、どんな風に人生が変わった?」
ーー職種が広がったよ。
  それにモントリオールにいて孤独感が消えた。
  その前はここにいるだけだったけど、フランス語を話せるようになってからは、
  自分もここの住人の一人だと思えるようになったんだ。


  
「モントリオールで現在どのような生活をしている?」
ーースタイリストとして働いたり、ルームメイトと過ごしたり、カフェやジムに行ったり。
  よく友達と映画を見に行くよ。
  夏になったら公園でピクニックしたり、プールで泳いだりする。
  あとはイケアに行くのが好き笑
  彼氏と映画を見たり、レストランに行ったり、ハウスパーティーに行ったりもするし、
  あるいは僕がスケートボード、彼が自転車に乗って色んなところに行ったりもするよ。

「モントリオールでお気に入りの場所は?」
ーーベッドの中が一番笑
  でもそれ以外だったら、すごく大きな廃墟が昔あったんだ…壁中にグラフィックアートがあった。
  もうなくなっちゃったんだけどね。
  あるいはマギル大学。建物が美しいからね。
  もう卒業しちゃったけど、たまに行くよ。
  レストランならL'Avenueがお気に入り。

「スタイリストの仕事を始めたきっかけは?」
ーー博士課程から卒業しようとしていた時に、これから何をしようか考えてた。
  ボランティアをしたり、色んな会社を調べたりしたよ。  
  「どんな仕事ができるかな」って考えてた。
  そんなある日、ファッションショーで働いていた友人に観に来ないかって誘われたんだ。
  観に行ったら、ついでに手伝ってみないかと言われた。
  それで友人がスタイリストの仕事をしているのを見ていた。
  これなら僕にもできる、面白い、とっても素敵だと思ったんだ。
  最初はインスタグラムを通して、どうしたらスタイリストになれるか調べたりしたよ。

「最初の仕事はどんなのだった?」
ーースタイリストとして初めてお金を稼いだ仕事は、
  ずっと憧れていたスーパーモデルのCoco Rochaとだったんだよ!
  超簡単な仕事、服を包んで店に返すだけだったけど。
  それからアマチュアで集まって写真を作って雑誌に送ったりしたよ。
  お金を稼げるかは後にして、ともかく写真を作って送ったんだ。
  それからコネクションを通して、アシスタントの仕事ができるようになったんだよ。

「今までモントリオールで過ごしてきた中で、一番素敵だった日のことを教えて」
ーー元カレとの最初のデート。
  Aux Vivres Papineauっていうレストランに行ってテイクアウトして、
  Eglise Saint-Enfantt-JEsus du Mile-Endに行って食べたんだ。
  彼はスケートボードを買ったばかりで、スケートボードの仕方を彼に教えたよ。
  Mile-Endにあるお気に入りのスポットでスケートボードをしたよ。
  すごく暑い夏の日だった。
  夜には森に行って、寝転がって星を見たんだ。


(Aux Vivres Plateau)


(Eglise Saint-Enfant-Jesus du Mile End)

美術館がある、ストリートアートがある、公園がたくさんある、国際的なレストランがたくさんある、教会がある、大学がある…
どんな人々が住んでいるか、人々が何を大事にしてるかが、街には反映されます。
MONTREALには素敵で文化的に豊かで健康的で開放的な人々が沢山います。
そういった人々が、楽しく暮らしている街がMONTREALです。

YOKO
 
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ゆかたんSalon du chocolat à bruxelles

投稿日時:2019/03/01(金) 16:37

ショコラの国、ベルギーよりこんにちは。
ベルギーのブリュッセルでは2月21日夕方~24日、『salon du chocolat(サロンデュショコラ)』が開催されました。ショコラで有名なベルギーだからSalon du chocolatも盛り上がる??と思いきや、発祥のパリに比べてかなり小規模、しかも実質3日間のみの開催、始まったのも2014年で今年ようやく6回目の開催です。ちなみにパリでsalon du chocolatが始まったのは1995年!東京で始まったのは2003年。日本に10年以上遅れをとってベルギーでの開催が始まったのです。
そんなベルギーのsalon du chocolatを昨年、今年と楽しんできたのでレポートします!

日本のサロンデュショコラでは今年から東京で有料チケット制になったそうですが、ベルギーは以前から有料チケット制。開催場所もデパートではなく、展示場。



子供向け、大人向けのワークショップもあります。子供向けワークショップ(6~12才)は製菓学校の学生さんが教えてくれます。娘も参加させてもらいました。フランス語、英語がいまいちでも、何とか作れました。


もちろんショコラの試食もたくさんあります。第4のショコラ『ルビーチョコ(chocolat rubis)』を開発したcallebautのチョコレートも試食あり。製菓メーカーやショコラティエが作るルビーチョコは全てこのcallebautのルビーチョコを使っています。callebautのルビーチョコは業者向け製菓材料としての販売がほとんどなので食べられる機会はレア!フルーティで美味しかった~。日本ではamazonなどで買えるので気になる方はお試しください!


salon du chocolatに出展のいくつかのショコラティエのブースでもルビーチョコを売っていました。でもベルギーでは日本ほどルビーチョコは流行ってないんですよね。。。日本の『witamer』ではルビーチョコを扱っているのに、ベルギーの『witamer』本店では取り扱っていないほど。
ベルギーでは珍しいルビーチョコなので買ってみました。5枚分のお金を渡したのに店員さんが多めに入れてくれました。私があれ?って顔をしてるとウインクする店員さん~。merci!


またベルギーらしくビールブースも!ベルギービールメーカー『duvel』も出展しています。ビールにマッチしたショコラと一緒に提供され、ビールとショコラのmarriageを楽しめます。またビールだけでなく、ショコラにマッチしたカクテルブース、ショコラの香りのするシャンパンのブースも。

ベルギーはチェリービールkriekを中心にフルーツビールの本場。
下の画像はパイナップルビールです。

ショコラティエによるデモステージもあります。今年のデモステージをふと見ると知ってる顔が!日本人パティシエ・ショコラティエの佐々木さんでした。佐々木さんはベルギーで修行され、ブリュッセルにパティスリーを構えた方。この日、デモンストレーションで作っていたショコラ(抹茶ショコラとほうじ茶ショコラ)の試食も配られていました。生チョコのように柔らかく、香り高くてとても美味しかった!


そしてショコラをイメージしたファッションショーも。遅い時間に行われるのでファッションショーを見られたことはないんですけど。


ショコラで作った芸術作品も。イースターが近いのでうさぎやひよこ、卵の作品が多いですね。

右下はブリュッセル万博の建造物『アトミウム』。これは去年の『neuhaus(ノイハウス)』の作品ですが、今年は出展されず。大手ショコラメーカーは年々、出展が減っています。


じゃーん。去年と今年の戦利品です。ブリュッセルには店舗がないショコラティエのショコラも試食しながら買える機会です。

右下のマカロンは『macarons salé』。しょっぱいマカロンで、フォアグラショコラ、フォアグラいちじく、トマトバジルの3種類買いました。スイーツでなく前菜向きだと思います。
salon du chocolatはほとんどがショコラのブースですが、マカロンの他にもクレープ、サンドイッチ、マシュマロ(ギモーブ)などのブースもありました。


有料で、パリより小規模なsalon du chocolatだけど、美味しかったし楽しかった!ベルギー観光の閑散期のこの時期はフライトも安いので、salon du chocolatを目的に日本から訪れるのもいいかも??


ゆかたん

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