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KAZUMIローマ数字を読みこなす

投稿日時:2019/04/28(日) 10:05

 昨年11月から毎週土曜日に延々と続くイエローベスト(les Gilets jaunes)のストライキ(la manifestation)。私も遠くカナダから、ストライキに参加する知人の投稿を見たり、ニュースをチェックしたりしています。そこで少々気になったのが、こちら。

 マクロン大統領のお面じゃなくて、Acte XXIVというタイトル。これは24回目のストライキという意味ですが、このようにストライキの回数をローマ数字で表すサイトがいくつかありました。

 こちらは別のニュースですが、やはりパリ19区をXIXeと表示しています。パリの区をローマ数字で表すのはよくあることです。

 

 このように、フランスに限らず、西洋ではアラビア数字の他にローマ数字が使われることがあります。特に歴史(年代、世紀や王の名前)や小説の章題などに使われます(例えばルイ14世はLouis XIVなど)。もちろん日本でも、ゲームのタイトルやアナログ時計の文字盤でお馴染みかもしれませんが、せいぜい目にするのは12まで。しかし実際はもっと多くの数を表すことができるのです。

 

 今回はちょっとローマ数字について考えてみることにします。

 

 因みにフランスやカナダでは10歳ごろにローマ数字を習うようですが、読める/読めない、書ける/書けないは人によるようです。

 

 

① ローマ数字は7文字のアルファベットの組み合わせで表します。

 

I = 1

V = 5

X = 10

L = 50

C = 100

D = 500

M = 1000

 

② I = 1、X = 10、C = 100、M = 1000の同じアルファベットは3つまでしか並べられません(Mは例外あり)。(またV = 5、L = 50、D = 500は1回のみです。)よって I(1)、II(2)、III(3)の後、IIIIとはならず、IV(5-1)= 4となります。同様に、VI(6)、VII(7)、 VIII(8)とは書けますが、 VIIIIの代わりに IX(10-1)= 9となります。それぞれ引かれる小さな数は大きい数の前に置きます。

 

40 = XXXX とはならず(50-10)= XL

90 = LXXXX とはならず(100-10)= XC

 

同様に、

 

400 =(500-100)= CD

900 =(1000-100)= CM

 

4と9以外は通常通り順当に並べていきます。


30 = XXX

70 = 70(50+20) = LXX 

300 = CCC

800 =(500+300)= DCCC

 

 

③ 位ごとにアルファベットに変えていきます。

 

20 = XX

21 = 20+1 = XXI

39 = 30+9 = XXX +IX = XXXIX

45 = 40(50-10)+5 = XL+V = XLV

89 = 80(50+30)+9 = LXXX+IX = LXXXIX

99 = 90(100-10)+9 = XC+IX = XCIX

158 = 100+50+8 = C+L+VIII = CLVIII

1367 = 1000+300+60+7 = M+CCC+LX+VII = MCCCLXVII

2019 = 2000+0+10+9 = MM+X+IX = MMXIX

 

 

④ 理論的にはアルファベットは3つまでしか並べられないので、3999までしか表せません。

 

3999 = 3000+900+90+9 = MMM+CM+XC+IX = MMMCMXCIX

 

でもMに限っては例外的に4つまで認めているようです。(よって実際には4999まで表せます。)

 

4000 = MMMM

 

また5000以降はアルファベットの上に「-」を引いて桁を変えたりもできるようです。


 

 この法則がわかると、例えばこんなことに役立ちます。

 

I.今まで素通りしていたモニュメントや建築物に書いてある数字や年代が読める!


KING EDWARD VII = エドワード7世

 


S : MATT : XXV - 35 = マタイ伝25章35節
PROVERBS : XXII - 6 = 箴言22章6節
(それぞれ聖書の一節が絵柄になっています)

 


A(n).D(om)…MDCCCL =1850年

(A.D. =ラテン語Anno Dominiで紀元後の西暦を表します。紀元前はフランス語でa.v.J.-C.(avant Jésus-Christ) 、英語でB.C.(before Christ) です)

 

写真は全てモントリオールの教会ですが、フランスには歴史的建造物に建造年がローマ数字で記載されていたりするので、旅行に訪れた際は探してみるのも楽しいかもしれません。

 

 

II.映画の制作年数もわかる!

 

  
MMIII = 2003年

 


MCMLXXXVI = 1986年

 

 映画によってはアラビア数字ではなくローマ数字で制作年数が書かれていたりするので、ぜひ最後のクレジットタイトル(le générique)まで注意して見てみてください。(かなり多くの映画にローマ数字で表示されているのに、いざ探すとなるとなかなか見つからず、苦労しました。)

 

 ローマ数字に慣れるまでは大変かもしれませんが、アラビア数字からローマ数字へ変換してくれるサイトやアプリもあるのでそれらを利用しつつ少しずつ慣れていったら、突然出てくるローマ数字に戸惑うこともなくなるかと思います。

 

KAZUMI

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Yoko街は人。モントリオールの住人インタビュー:LATHE

投稿日時:2019/03/13(水) 04:15


こんにちは!YOKOです。お久しぶりです。
MONTREALへワーホリで来てから半年が過ぎようとしています。

MONTREALに来てまだ数週間も過ぎていない頃、
地下鉄のコンビニで買い物をしたら、「あなた日本人?」とコンビニの店員に話しかけられました。
そうですよと答えたら、彼女は大喜びして、店の奥にいた同僚を呼びに行きました。
アジア系の女性がまた大喜びして出てきて、話を聞いてみると、
彼女の娘はモデルエージェンシーとして働いていて、キャンペーン撮影のため日本人モデルを探しているのだそう。
一回の撮影で1000ドル。
怪しいぞ、気をつけろと思いながら、とりあえず携帯の番号を渡しました。

すぐに彼女の娘からメッセージが来て、数枚の写真を送ったところ、キャンペーンモデルのモデルとして選ばれたと次の日連絡が来ました。
それから1週間後、指定されたスタジオへ。
殺風景で大きな建物に、ビビりまくりながら入ってみると、本当にちゃんとした撮影現場!
隅にはビュッフェがあり、お洒落な女性が「コーヒーはいかが?」と勧めてくれました。
二人の姉妹にヘアメイクとメイクをしてもらい、全身真っ黒な服を着た例のハンサムな男性:LATHEがスタイリスト・アシスタントとして服を選んでくれました。
そんな風に、私はLATHEと出会いました。

街は人です。
言語を勉強するのも、色んな人と出会ってみたいからですよね。
モントリオールで出会った人にインタビューして、街を紹介したら面白いんじゃないかなと思い、今回挑戦してみることにしました。
このアイディアを思いついたのは、ルームメイトが働き始めたカフェ、CAFE OSMOに遊びに行った朝。
午前中にジム通いを済ませて来てくれたLATHEとデカフェを飲みながらお話を聞きました。

LATHEにしたインタビューを読んでいただく前に、
少しMONTREALにおける性文化について触れさせていただきます。
「フリーカップル」や「ストレート」「ゲイ」「バイセクシャル」「Aセクシャル」「レズビアン」…
日本で生活していたら、あまり聞きなれない言葉じゃないかしら。
ここMONTREALの人々は、フランスからの影響を強く受けてか、性に対して非常に開放的です。
多人種が住む都市でもあり、様々な人種同士でも開放的な感じ、差別というのが見受けられません。
日本人同士の会話なら、基本的に相手がストレートなのだという前提で会話が進んでいきますが、
モントリオールでは私と同世代ぐらい(私は現在29歳です)の方と会話するときは、
前提として相手がどのカテゴリーなのかわからない、ストレートだと決めつけないで会話をします。
逆に絶対ゲイかレズの方ではないかと思える外見の人に対しても、そうだとは決めつけないで接します。
最初の簡単な自己紹介をしあう時に、お互いのカテゴリーを聞き合ったりはしません。
それは少しパーソナルでプライベートなことですし、
偏見を持っているような相手には伝えたくありません。
実際個々人でも、自分がどのカテゴリーなのかまだわかっていないかもしれない、
という思いがあったりもします。
ストレートだと多分思うけれど、もしかしたら自分はバイ・セクシャルかもしれない、
ゲイかも、レズかも。
ゲイだと思うけれど、バイ・セクシャルかもしれない。
私はこの態度を素晴らしいと思います。より健康的で、文化的です。
またこの態度を身につけたなら、自分では体験できないことや、自分では気づけないことを仲良くなった相手から教えてもらえたりして、会話が弾みます。
またこの態度は、フランス文化、フランス人と沢山出会って仲良くなるために大切なことです。
フランスといえばファッションや、芸術、哲学、美食などが思い浮かびますが、特にそういった分野に深く関わる人ほど、性に対して開放的な人が多いように思うからです。
MONTREALの住人の一人を紹介するにあたって、私は彼のカテゴリーをここに明記したくない、同時に彼の視点や素敵な生活をみなさんにご紹介したいということで、長々と書かせていただきました。

LATHEと知り合って数ヶ月が過ぎました。
LATHEというのは彼の名字なのですが、とても可愛いので、彼をLATHEと呼んでいます。
一緒におしゃれなカフェに行ったり、夕飯を作って招待しあったり、香水のサンプルをもらいに行ったり、お洋服を見に行ったりして過ごしています。
そんなLATHEから、彼のフランス語学習経験やモントリオールでの暮らしについて伺いました。


Keegan Lathe-LeBlanc




LATHEはモントリオールから車で数時間ほどのところにあるトロント出身。
少し離れただけなのに、トロントは英語圏。なので彼の母国語は英語だけでした。

「MONTREALに来たきっかけは?」
ーー大学に行くため。
  高校の哲学の授業で哲学が好きになって、大学で哲学と宗教を勉強することにしたんだ。
  最初は1年オタワの大学に通ったんだけど、モントリオールの大学に変えることにした。
  そのほうが挑戦的だと思ったから。
  スラヴォイ・ジジェイやミシェル・フーコーが好きでね。
  パノプティコンについてのレポートを書いたりしたよ。

「MONTREALについてどう思う?」
ーー初めてモントリオールを訪れたのは10歳の時。
  父が仕事でモントリオールに一時期住んでたから。
  2回目はガールフレンドと一緒に来たんだ。
  その時にトロントとすごく違う場所だと思った。
  モントリオールの人々はトロントの人々よりもずっと何に対してもオープンだなって。
  それでもパリで一年過ごしてモントリオールに帰ってくるまでは、
  モントリオールのことをちゃんと知っていたとは思わないよ。
  フランス語を話せるようになって、だいぶ変わったんだ。
  英語が通じるから、フランス語が話せなくてもモントリオールで過ごすことはできる。
  でもフランス語が話せないと、モントリオールの半分も知れないんだ。
  それに地理的にモントリオールがそんなに大きすぎる街でないことも好きだよ。
  トロントは東京みたいに大きいからね、友達に会いに行くのに1時間半かかったりするよ。

「フランス語を勉強し始めたきっかけは?」
ーーモントリオールに住むようになってからかな。
  スーパーに行くんでも、表示が読めないし、店員とコミュニケーションが取れなかった。
  しょっちゅうイライラしてたよ。
  人々が何話してるかわからなくて、モントリオールにいてもここにいるって感じがしなかったんだ。
  それでも、もっとモントリオールにもっといたいと思った。
  そのためには、フランス語をもっと勉強しなくちゃと思ったんだ。

「フランス語はどうやって勉強したの?」
ーーカナダではみんな小学生の時からフランス語を勉強するんだ。
  でも全然話せなかった。トロントではみんなそんな感じだったよ。
  学校で勉強しても、超簡単な言葉しか話せなかった。
  モントリオールに来てから、大学を少し休学してフランス語の学校に通ったんだ。
  それからパリに行った。
  パリに行っても最初は全然話せなかったよ。
  最初パリで始めた職場ではみんな英語が話せたし、お客さんもみんな英語が話せた。
  それでフランス語でしか話せない職場に変えたんだ。
  それからハリー・ポッターをフランス語で読み始めた。
  映画を見てたから、どんな内容が書いてあるか推測できたからね。
  そしたらいきなりフランス語のレベルがどんどん上がったんだ。

「パリでの暮らしはどうだった?」
ーー21歳の時だった。ワーホリビザで1年と少し滞在したよ笑
  人々は全然フレンドリーじゃないし、僕と友達になることに興味がなかった。
  5回も引っ越したよ。僕はすごい貧乏だったし。
  フランス人じゃないと、アパートを探すのはすごく大変だし、
  長い契約期間で住む場所を見つけられなかったんだ。

「パリのゲイってどんな感じ?」
ーーゲイっていうのは、どこにいても同じなんだよ。
  どんな風に誘うかとか、どんな人ならゲイかっていうのは国ごとに違ってるけどね。
  例えばモントリオール近くの小さな町に行って、スカーフを巻いている男がいたら間違いなくゲイ。
  でもパリではスカーフを巻いていても、オシャレのためであってゲイとは限らないんだ。
  
「フランス語の習得で何が一番大変だった?」
ーー自信がなかったことかな。
  フランス語で話しても、全然何言ってるかわかってもらえない気がした。
  それにフランス語で話す機会を見つけるのは難しかったよ。
  みんな英語で話せちゃうからね。
  それにフランス語で話しているときは、自分がバカになった気がした。
  言語を習得し始めるときは、みんな子供っぽくなってしまうからね。

「フランス語を習得してから、どんな風に人生が変わった?」
ーー職種が広がったよ。
  それにモントリオールにいて孤独感が消えた。
  その前はここにいるだけだったけど、フランス語を話せるようになってからは、
  自分もここの住人の一人だと思えるようになったんだ。


  
「モントリオールで現在どのような生活をしている?」
ーースタイリストとして働いたり、ルームメイトと過ごしたり、カフェやジムに行ったり。
  よく友達と映画を見に行くよ。
  夏になったら公園でピクニックしたり、プールで泳いだりする。
  あとはイケアに行くのが好き笑
  彼氏と映画を見たり、レストランに行ったり、ハウスパーティーに行ったりもするし、
  あるいは僕がスケートボード、彼が自転車に乗って色んなところに行ったりもするよ。

「モントリオールでお気に入りの場所は?」
ーーベッドの中が一番笑
  でもそれ以外だったら、すごく大きな廃墟が昔あったんだ…壁中にグラフィックアートがあった。
  もうなくなっちゃったんだけどね。
  あるいはマギル大学。建物が美しいからね。
  もう卒業しちゃったけど、たまに行くよ。
  レストランならL'Avenueがお気に入り。

「スタイリストの仕事を始めたきっかけは?」
ーー博士課程から卒業しようとしていた時に、これから何をしようか考えてた。
  ボランティアをしたり、色んな会社を調べたりしたよ。  
  「どんな仕事ができるかな」って考えてた。
  そんなある日、ファッションショーで働いていた友人に観に来ないかって誘われたんだ。
  観に行ったら、ついでに手伝ってみないかと言われた。
  それで友人がスタイリストの仕事をしているのを見ていた。
  これなら僕にもできる、面白い、とっても素敵だと思ったんだ。
  最初はインスタグラムを通して、どうしたらスタイリストになれるか調べたりしたよ。

「最初の仕事はどんなのだった?」
ーースタイリストとして初めてお金を稼いだ仕事は、
  ずっと憧れていたスーパーモデルのCoco Rochaとだったんだよ!
  超簡単な仕事、服を包んで店に返すだけだったけど。
  それからアマチュアで集まって写真を作って雑誌に送ったりしたよ。
  お金を稼げるかは後にして、ともかく写真を作って送ったんだ。
  それからコネクションを通して、アシスタントの仕事ができるようになったんだよ。

「今までモントリオールで過ごしてきた中で、一番素敵だった日のことを教えて」
ーー元カレとの最初のデート。
  Aux Vivres Papineauっていうレストランに行ってテイクアウトして、
  Eglise Saint-Enfantt-JEsus du Mile-Endに行って食べたんだ。
  彼はスケートボードを買ったばかりで、スケートボードの仕方を彼に教えたよ。
  Mile-Endにあるお気に入りのスポットでスケートボードをしたよ。
  すごく暑い夏の日だった。
  夜には森に行って、寝転がって星を見たんだ。


(Aux Vivres Plateau)


(Eglise Saint-Enfant-Jesus du Mile End)

美術館がある、ストリートアートがある、公園がたくさんある、国際的なレストランがたくさんある、教会がある、大学がある…
どんな人々が住んでいるか、人々が何を大事にしてるかが、街には反映されます。
MONTREALには素敵で文化的に豊かで健康的で開放的な人々が沢山います。
そういった人々が、楽しく暮らしている街がMONTREALです。

YOKO
 
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ゆかたんSalon du chocolat à bruxelles

投稿日時:2019/03/01(金) 16:37

ショコラの国、ベルギーよりこんにちは。
ベルギーのブリュッセルでは2月21日夕方~24日、『salon du chocolat(サロンデュショコラ)』が開催されました。ショコラで有名なベルギーだからSalon du chocolatも盛り上がる??と思いきや、発祥のパリに比べてかなり小規模、しかも実質3日間のみの開催、始まったのも2014年で今年ようやく6回目の開催です。ちなみにパリでsalon du chocolatが始まったのは1995年!東京で始まったのは2003年。日本に10年以上遅れをとってベルギーでの開催が始まったのです。
そんなベルギーのsalon du chocolatを昨年、今年と楽しんできたのでレポートします!

日本のサロンデュショコラでは今年から東京で有料チケット制になったそうですが、ベルギーは以前から有料チケット制。開催場所もデパートではなく、展示場。



子供向け、大人向けのワークショップもあります。子供向けワークショップ(6~12才)は製菓学校の学生さんが教えてくれます。娘も参加させてもらいました。フランス語、英語がいまいちでも、何とか作れました。


もちろんショコラの試食もたくさんあります。第4のショコラ『ルビーチョコ(chocolat rubis)』を開発したcallebautのチョコレートも試食あり。製菓メーカーやショコラティエが作るルビーチョコは全てこのcallebautのルビーチョコを使っています。callebautのルビーチョコは業者向け製菓材料としての販売がほとんどなので食べられる機会はレア!フルーティで美味しかった~。日本ではamazonなどで買えるので気になる方はお試しください!


salon du chocolatに出展のいくつかのショコラティエのブースでもルビーチョコを売っていました。でもベルギーでは日本ほどルビーチョコは流行ってないんですよね。。。日本の『witamer』ではルビーチョコを扱っているのに、ベルギーの『witamer』本店では取り扱っていないほど。
ベルギーでは珍しいルビーチョコなので買ってみました。5枚分のお金を渡したのに店員さんが多めに入れてくれました。私があれ?って顔をしてるとウインクする店員さん~。merci!


またベルギーらしくビールブースも!ベルギービールメーカー『duvel』も出展しています。ビールにマッチしたショコラと一緒に提供され、ビールとショコラのmarriageを楽しめます。またビールだけでなく、ショコラにマッチしたカクテルブース、ショコラの香りのするシャンパンのブースも。

ベルギーはチェリービールkriekを中心にフルーツビールの本場。
下の画像はパイナップルビールです。

ショコラティエによるデモステージもあります。今年のデモステージをふと見ると知ってる顔が!日本人パティシエ・ショコラティエの佐々木さんでした。佐々木さんはベルギーで修行され、ブリュッセルにパティスリーを構えた方。この日、デモンストレーションで作っていたショコラ(抹茶ショコラとほうじ茶ショコラ)の試食も配られていました。生チョコのように柔らかく、香り高くてとても美味しかった!


そしてショコラをイメージしたファッションショーも。遅い時間に行われるのでファッションショーを見られたことはないんですけど。


ショコラで作った芸術作品も。イースターが近いのでうさぎやひよこ、卵の作品が多いですね。

右下はブリュッセル万博の建造物『アトミウム』。これは去年の『neuhaus(ノイハウス)』の作品ですが、今年は出展されず。大手ショコラメーカーは年々、出展が減っています。


じゃーん。去年と今年の戦利品です。ブリュッセルには店舗がないショコラティエのショコラも試食しながら買える機会です。

右下のマカロンは『macarons salé』。しょっぱいマカロンで、フォアグラショコラ、フォアグラいちじく、トマトバジルの3種類買いました。スイーツでなく前菜向きだと思います。
salon du chocolatはほとんどがショコラのブースですが、マカロンの他にもクレープ、サンドイッチ、マシュマロ(ギモーブ)などのブースもありました。


有料で、パリより小規模なsalon du chocolatだけど、美味しかったし楽しかった!ベルギー観光の閑散期のこの時期はフライトも安いので、salon du chocolatを目的に日本から訪れるのもいいかも??


ゆかたん

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ゆかたんベルギーのブリュッセルに住んで驚いた!

投稿日時:2019/02/20(水) 21:00

はじめまして!

ベルギーのブリュッセル在住のゆかたんです。

我が家はマレーシアのクアラルンプールでの駐在帯同を経て、今は2カ国目ベルギーに住んでいます。

さて今回は私がブリュッセルに住んで驚いたことをお伝えします!

 

【公用語が3つ】

夫の赴任が決まった時にまず思ったのが「ベルギーって何語?」でした。

答えは『ベルギーの公用語はフランス語、オランダ語、ドイツ語の3つ』。

大まかに言うとベルギー北部がフラマン地域(オランダ語圏)、ベルギー南部がワロン地域(フランス語)、そしてドイツ語地域がごく一部あります。

ブリュッセルはベルギー北部に位置するのにフランス語話者が8割以上暮らしている例外です。


ちなみにブリュッセルの広告ポスター、チラシはフランス語、オランダ語の2種類、用意されていることが多いです。

これはブリュッセルのスーパー『delhaize(デレーズ)』のチラシ。

1週間分のチラシが冊子になっていて、写真右から読むとフランス語。左から読むとオランダ語。

 

【英語が通じない】

ブリュッセルに住んで、まず困ったのが「英語が通じない…」ということ。

マレーシアでは3民族(マレー系、中華系、インド系)が暮らし、共通語としての英語が通じたので、ベルギーの英語話者の少なさは意外でした。

スーパーでもマルシェでもレストランでもフランス語しか通じない、スーパーの商品パッケージも基本的にフランス語という状況なので、ブリュッセルに住んですぐにフランス語教室に通い始めました!

 

【縦列駐車が基本】

駐車場が少なく、その分、縦列駐車ができるスペースが多いです。


写真の通り、道路の左右に縦列駐車する車が並ぶ光景が一般的です。
夜も路上駐車する車が多いのですが、夜間の車上荒らしは多いそう。

私は縦列駐車できる自信がないので、ベルギーでは運転しないと決めました…

 

【他のヨーロッパの国の物が意外に手に入らない】

基本関税ゼロのEU圏内ですが、EU各国の物が手に入るわけではありません。

ブリュッセルのスーパーにおいて、隣国フランスメーカーのお菓子やドイツメーカーの洗剤は買えますが、その他の国のものはあまり売っていません。

例えば元イギリス領のマレーシアでは普通にスーパーで買えたwalkerのショートブレッド、ベルギーの普通のスーパーでは見かけません。


またヨーロッパのものが手に入らないなぁと、強く感じるのがクリスマス。

日本ではクリスマスの時期に簡単に手に入るシュトーレン(ドイツ)、パネトーネ(イタリア)を全然見かけません。残念。

私はシュトーレンが好きなので、去年のクリスマスはドイツのアーヘン(ブリュッセルから車で2時間弱)まで行ってシュトーレンを購入。
日本ってどこの国よりも世界中のものが手に入る、食べられる国かもしれません。


 

【健康への意識が高い、食育に熱心】

これは意外ではないかもしれませんが、公園や遊歩道を走っている人がとにかく多い!

ジムもスポーツ用品店もよく見かけます。

そして子供への食育も熱心ですが、日本のように「バランスよく食べましょう」というよりも「ナチュラルなものを食べましょう」という意識が高いように感じます。


マクドナルドのキッズミールには必ず生の人参が付いてきて、うちの子は必ず残すのに、ベルギーの子はポリポリ食べています。


 

海外2カ国目にして、まだまだ驚くことが多く世界の広さを感じるベルギー生活。

今後もベルギーで驚いたことなど、お伝えしたいと思っています。

どうぞよろしくお願いします!

ゆかたん

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KAZUMI病気になったら大変!ケベックの医療事情

投稿日時:2019/02/05(火) 07:00

 クリスマスも明けた年の瀬、娘がひどい風邪をひきました。仕事疲れの私がまず風邪をひき、3日も熱が下がらない状態で、それでもなんとか仕事をこなし、やっと週末休みが取れると思った矢先、今度は私の風邪が娘に移ってしまったのです。

 

  まず医者にかかるにはホームドクターに予約を入れなければなりませんが、あいにく娘はおろか、家族全員のホームドクターが決まっていません。ここケベックではホームドクター(médecin de famille)を設定しておく必要があります。サイトから申し込む方法と、自分で直接医者に頼む方法がありますが、ホームドクター決定に時間がかかることと、普段はいたって健康体な娘のことなので、ずっと後回しになっています。そもそも、ホームドクターを持っていたとしても、当日の予約が取れたなんて話は聞いたことがありません。(因みに、フランスも同じシステムで、médecin traitant と呼ばれる家庭医を決め、sécurité sociale(社会保険)に申告する必要があります。)

 

 次に来る選択肢は予約なしでも診てもらえるウォークインクリニックに行くことですが、ここは競争率が高く、朝9時オープンでも7時には寒空の中、並んで待たないといけないとか…。運良く診てもらえることになったとしても、診察は午後なんてこともあり得るそうで、まだ病み上がりとは言えない私が、40度も熱のある娘を連れて並ぶこともできず、かといって、いよいよ風邪気味の夫に頼むのも気がひけます。何と言ってもケベックの屋外はマイナスの世界。しかもこの日は朝から雪。こちらも諦めました。仕方なく家でゆっくり休むことにしましたが…。


ウォークインクリニック

 午後に入ってだんだんひどくなる娘。咳をしたいようですが、喉の痛みが激しく咳が出せません。娘もいよいよお医者さんに診てもらいたいと言い出しました。朝から並ばないとその日の診察はとても見込めないウォークインクリニックはもう手遅れ。こうなったら奥の手、お金を払って空いているクリニックを検索してくれるサイトに頼ることにしました。

Bonjour-santé

 こちらのサイトで検索すると、当日もしくは翌日に空いているクリニックを表示してくれて、予約も取れるのですが、この結果を表示させるのにお金がかかります。一回検索するごとにお金を払うか、毎月の月会費を払って、自由に検索するかのどちらかの選択になります。ところが、時は年の瀬。自宅から10キロ以内で検索しようが20キロ以内で検索しようが、空いているクリニックは「1軒も」ありません。

 

 まだまだ諦めることは出来ません。次なる手はケベック州営の電話相談、info-santé 811に電話をして、看護師のアドバイスを受けることにしました。…が、待てど暮らせど一向に電話が繋がりません。30分待っても「お待ちください」の音声が音楽とともに延々と繰り返されるのみ。いくら年末とはいえ、流石にこの対応はあり得ません。

 

 とうとう最後の手段は救急病院。友人に相談したら、小児専用の病院があるようなので、すぐ電話をすると、救急は24時間空いているとのこと。救急なので当然ですね。結局タクシーを飛ばして救急に駆け込むことにしました。


hôpital sainte-justine : wikipediaより

 モントリオールには救急病院がいくつかあるのですが、その中でも小児専用の救急病院は2軒あって、ひとつが英語系、もうひとつがフランス語系です。私たちはとりあえずフランス語系の病院に行きました。まず受付の看護師が心音を図り子供の状態を聞いて、トリアージまでのおよその待ち時間を言って、待つように指示されました。トリアージとは看護師による検診で、そこで緊急を要するかどうかの判断がなされます。大体3時間くらい待って、トリアージの検診が行われました。結果、医者に一番に診てもらうほどではないけれど、医者の判断を仰いだ方がいいということで、奥の別の待合室に案内されました。ちなみにここで緊急度が低いとさらに同じ待合室で延々と待つようです。とりあえず一歩先に進めただけちょっとホッとするも…。ここからがさらに永遠に長く感じました。

 しばらく奥の待合室で待っていると、名前が呼ばれたので診察室に入りました。しかし、診察室に入ってから、さらに1時間半も待たされました。診察室は医師の椅子と患者の硬い椅子、それに患者用の診察台しかなく、待合室で待つよりさらに辛かった!それでもなんとか耐え、ようやく医者の判断を仰ぐことが出来ました。結局病院内で薬をもらい、その薬の効果によって帰れるか病院で様子を見るかの判断が下されることになったので、薬服用後また1時間ほど待合室で待機して、結局病院を出たのは7時間後のことでした。

 

 今回は比較的重い症状だったので、もう少し早く病院行きの判断をするべきだったと反省しています。また、年末だったこともあり、通常以上に医療機関へのアクセスに時間がかかりました。それでも緊急時はウォークインクリニックか救急病院くらいしか選択肢がないし、クリニックでも病院でも待ち時間は相当なので、やはり普段から健康に気をつけて過ごすのが一番です。

 因みに、こちらでの唯一の利点は、健康保険に加入していれば医療が無料で受けられることでしょうか?


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