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モンテーニュ~ルネサンスの冷静な哲学者~

Coucou!

ケイです。

先日代表のハルさんがパリの旅行記を書いていましたね。
羨ましい…僕もまたパリに行きたいです。

毎年パリには出張で行っていたのですが、今年度はフランスではなく、ドイツとオランダになりそうです。
残念ですが、ビールがたくさん飲めそうなので、それはそれでいいかな(笑)

資格試験の勉強ばかりしていたせいで全然読めていなかったのですが、白水社出版の雑誌『ふらんす』の9月号を今読んでいます。

9 月号の特集は「モンテーニュ『エセー』の読み方」。
日本語では『随想録』と訳されることもある作品です。

モンテーニュ(本名: ミシェル=ド=モンテーニュ、1533年~1592年)は、16世紀のルネサンス期を代表する哲学者の一人です。

16世紀って、自然科学がそこまで発達していないので、人の心の拠り所は宗教や神への信仰心であったと認識していたのですが、モンテーニュはなんとこの時代に宗教批判をしているんです。
それを知って、僕はかなり驚きました。

少し長いですが、そのことが分かる部分を引用させていただきます。

『われわれの宗教的熱意は、われわれの憎しみ、残酷さ、野心、貪欲さ、誹謗中傷、反逆への傾向を助長するのに、驚くべき力を発揮する。これとは逆に、親切、寛大、節度への傾向を助けるとなると、まるで奇跡のように、なにかの稀有な気質でも備わっていないかぎり、歩きもしなければ、飛びもしない。われわれの宗教は、悪徳を根絶やしにするために作られたのに、それを隠し、助長し、そそのかしているのだ。(第二巻 第12章「レーモン・スボンの弁護」)』

久保田剛史氏は、上記の引用を下記のように解説しています。

「モンテーニュの『エセー』は、カトリックとプロテスタントによる壮絶な宗教戦争(1562-98)の渦中に書かれた。彼はこの作品で、神の名において殺戮をくり広げるキリスト教徒を避難している。…中略…人びとが神の教えを心から信じていたなら、はたしてこんな戦争は起きたのであろうか。モンテーニュは当時の宗教戦争のうちに、キリスト教徒の不信心と道徳的腐敗を見いだしていたのである。(雑誌『ふらんす9月号』白水社「名言から学ぶモンテーニュの知恵」久保田剛志)」

久保田氏は、どちらかというと「人々の思想や道徳心を批判している」という分析をされていると思いますが、僕は「宗教そのものを批判している」とも捉えられると考えています。

インターネットも携帯もない時代に、宗教を不可侵のものとして礼讃するのではなく、冷静に分析をしていたモンテーニュ。

どんなに受け入れ難いことでも、きちんと事実を事実として受け止められる人だったんじゃないかなーと、その人柄を想像してしまいました。

À très bientôt,
Kei 

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